患者図書サービスとは?

 入院中の患者さんは病気を治療するために、家族や友人、日常生活から大きく離れた生活をすることになります。そんな中で、図書は入院生活における心の癒し、ストレス解消になり、また、患者さんとその後家族に対し、疾患についての情報やさまざまな健康情報を提供することができます。患者さん自身の治療への理解を深めることができるため、その後の医療スタッフとのコミュニケーションをより充実したものにすることが出来ます。

 患者さんの入院生活がよりすごしやすいものになるよう、癒しや潤いとなる図書のスペースを設けていただき、そしてそれを管理していくのが私たちの活動内容です。

皆さん、こんにちは。私たちのホームページに立ち寄っていただいてありがとうございます。患者図書サービス「Rabbits」代表の中嶋秀治です。

 私たちは月に2〜3回、自治医大病院病棟を回り、デイルームに設置されている書架の整理や本の入れ替えを行っています。現在、約10名というごく小規模のメンバーで細々と活動しています。メンバーはみんな楽しい人たちばかりなので、あっという間に約3時間の活動が終わってしまいます。活動の後は、みんなでお茶をしたり、食事をしたりしながら、図書サービスのことはもちろん、いろんなことを話しながら、楽しく過ごしています。このホームページで紹介できることはほんの一部ですが、もし興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、私かこのホームページ内に記載されているアドレスまでご連絡ください。患者図書サービスを通して、たくさんの方たちと知り合うきっかけになっていただけたら光栄です。まだまだ、小さなサークルですがどうぞよろしくお願いします。

代表  M2 中嶋 秀治

顧問  奈良岡 功 先生

自治医科大学における患者図書サービス23年間を振り返って

 自治医科大学における患者図書サービスは、決して簡単に、順調にスタートできたわけではない。私が、昭和51年(1976)に本学図書館(医学専門図書館)に就職して3年間は事務室の中での仕事であったが、4年目からはカウンターでの業務担当になった。時々、患者さんが図書館カウンターを訪れて「本を貸してはいただけませんか?」という問いを受けた。上司に報告したところ、「ここは専門図書館であって公共図書館ではないから…」と、私が期待した返事とは逆の内容が返ってきた。このことがあってから、入院している患者さんに少ないとはいえ所蔵している一般書(小説等)ですら閲覧や貸出しがができない図書館に疑問をもった。

 病気で入院している患者さんは、日常生活から切り離され、病院のなかに書店はあるものの本を購入するのも、入院費用などで費用の捻出が困難な方もいると思うと、なんとか自分のできる範囲でのサービスを是非開始したかった。

図書館が駄目であれば、個人で入院患者さんに小説や趣味等の貸出しサービスができる方法がないかを模索し始めた。もちろん、できることなら患者さんが自分の病気や治療等についての情報も求めている人もいることは理解できていたので、その方面の貸出しも視野に入れての検討であった。しかし、私個人で高額な医学書までの整備は不可能に近いものであったし、現在ではかなりの医学情報を入手できるようになったインターネットもホームページも20数年前には無かった。私にできるのは一般書の調達とそのサービスが限界であった。

昭和55年頃(1980)に、なんとか病院内で活動ができないかを図書館外の先輩諸兄に相談した。しかし、結果は「個人で始めることは困難であろう。大学内にサービスの必要性を理解する機運があれば良いが、現状では不可能に近い…」とのアドバイスをいただいた。であれば、多少時間を要しても学内に同士を探し、一人でも多くの仲間を作ろうと考えた。医事課の係長に相談に出向いた際に、隣で私の話を聞いた当時の医事課長の前田さんが「それは良いことだ、是非始めたら…」と声をかけていただいた。この一言は「ここにも仲間になってくれる人がいた」との心強い思いで、大変に励まされた。その後、図書館長の間藤先生、前図書館長の切替先生、金婦長、道佛病院事務部長、図書館の長江主事や河原主事、その他にも数人の賛同者を得ることができた。次第に仲間(錚々たる顔ぶれの皆さんを仲間と呼ぶ失礼をお許しいただきたい)ができた頃、北欧の患者図書サービスに詳しい外科の宮田教授を知り、サービスを開始する時期が近づいたことを実感できた。一介の図書館員に過ぎない私には、ここまで辿り着くのに5年を要した。私が仕事以外の時間帯にそのような活動をしていることを知って、見守ってくれた当時の私の上司である青木図書館室長の配慮もありがたかった。昭和59年(1984)に宮田先生を代表に「自治医科大学患者図書サービス推進委員会」を任意団体として立ち上げることができた。ここで前述の仲間に学内の説明(説得)活動を開始していただいた。間藤館長には学長補佐会議のメンバーだったこともあり学長始め教員サイドを、切替先生は病院長補佐会議のメンバーとして病院長を始め診療部門、道佛病院事務部長には病院事務部門、金婦長(当時は“師長”という呼称はなかった)には看護部(特に婦長さんたちを)と、順調に学内に理解が広まっていった。数回の推進委員会後に、昭和60年(198531日付で病院の管理課長(現経営管理課)宛てに『入院患者に対する図書サービス活動について』という病院内における活動許可願いを提出し、昭和60年(198538日付けで「了承」した旨の回答を得た。

説明活動と併せて準備も進めていた。とりあえず私の自宅から800冊程度の図書を持ち込み、併せて友人に図書の寄贈をお願いしていたものが続々と到着した。スタートは耳鼻咽喉科、一般外科、消化器外科の3病棟から開始し、2年後には12病棟にサービスを提供し、平成元年にはオープンした大宮医療センターでもサービスを開始した。特殊な病棟以外にはほとんどの病棟にサービスを展開した。

サービスの形態は、急性期の患者さんが多いためとそれに伴う治療・看護に支障のない範囲を考慮して、病棟ディルームに書棚を設置して本を配架しておく「常置方式」を採用した。本来であれば、ボランティアの人数も多く必要になるが、病棟を回る「巡回方式」によるサービスを行いたかった。

サービスの実働部隊は、私と妻、妻の友人、当時の職員食堂のチーフの奥様の4名であり、図書の整理と病棟に設置の書棚に配本を行った。私は日曜日のみ活動していた。

書棚の不足分は、道佛病院事務部長が工作室に依頼してくれて廃材を利用して作成してくださった。

その後、実働作業を行うボランティアも入れ替わりがあったが、各々の家庭の事情があり抜けて行き、最後には私一人となり3年くらいは土日に活動した。平成13年(2001)には、医学部・看護短大、看護学部の学生ボランティアサークルが手伝いを申し出てくれ、現在は学生さんが主体的に行ってくれている。サービスを始めるのは、条件がある程度整えば可能であるが、ボランティア活動といえども、サービスを心待ちにしている患者さんがいる限りはその希望に応えるべきであると考えている。その意味では、永く続けることに意味があるとともに、中断することなく続けるには忍耐と努力が必要であると感じている。