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新しい視点で○○○を活動する Jichi Medical University Drama Club

「12人の優しい日本人」出演者紹介about "Gentle 12" & CAST

出演者紹介

演出) 長 克哉活動報告写真
陪審員1)杉山捺希    陪審員7)黒木正之
陪審員2)黒木琢也    陪審員8)岡田亜衣
陪審員3)金子裕一    陪審員9)松田耕輔
陪審員4)高橋裕也    陪審員10) 西岡華子
陪審員5)都築佳林    陪審員11) 石亀慎也
陪審員6)瑞慶覧総太   陪審員12) 三澤啓吾


「12人の優しい日本人」によせて

12人の優しい日本人」によせて
       自治医科大学演劇部顧問 7期卒業 小児脳神経外科 五味 玲


 卒業公演で「12人の優しい日本人」をすると聞いて怒りに震えた。
 この芝居は私が25年近く、いつかやってやろう!と温めてきたものであり、そう易々とやられては困るのだ。
 私の手元に1991年の雑誌「新劇」7月号がある。これに、東京サンシャインボーイズ作「12人の優しい日本人」が掲載されている。この年に、中原俊監督の映画「12人の優しい日本人」が公開され、その面白さに飛びついて演劇版の脚本の載っていた「新劇」を買ったのだ。以来25年間、結婚し何度かの引越しをしたにもかかわらず、常に手元から離したことはない。今回の卒業公演の脚本もこのコピーのコピーである。この脚本は出版されていないから手に入らないのだ。
 私自身、学生の卒業公演に企画したことがあり、私の本にはそのキャストの候補が書いてある。陪審員は1から順に、渡邉健、山口正貴、斉藤匠、未定、大川瑞穂、石田青鳥、坂本愛、牧野真美子、五味、上原由美子、岩本康平、阪哲彰とある。つまり31期生の卒業公演の企画だ。実現したらどんなに素晴らしかっただろう。心が躍る!でもできなかった。それには理由があった。そして山口はもういない・・

 なぜ「新劇」では「東京サンシャインボーイズ作」となっているのだろう。むろんこの作品は三谷幸喜が書いたことに間違いない。彼の名前を世間に知らしめた代表作である。彼が所属していた劇団東京サンシャインボーイズによって、1990年に初演され91年再演92年再々演されていることから、最初からかなりの人気であったと思われる。でも活字になった脚本は「東京サンシャインボーイズ作」。その理由は彼が書いたものではあるが、劇団員によって熟成された作品だったから、あえてそうしたのだと思う。そのくらい、この作品は当時の東京サンシャインボーイズの面々に「あて書き」した芝居だったのだ。実際、映画版の陪審員2を相島一之が陪審員7は梶原善という劇団員がやっている。
 映画版では陪審員11を豊川悦司がやった。当時まだ劇団3○○の無名の役者だった彼を抜擢したキャスティングもすごいし、それに答えた彼もすごい。その後2005年に三谷の演出でPARCO劇場でやったときには陪審員11は江口洋介だったが、私は豊川悦司の方がずっといいと思う。私が森高千里のファンだからと、旦那の江口洋介に嫉妬しているというわけではなく。
 さて、何故「12人」なのか。これはもちろん「十二人の怒れる男」をもとにしているからである。若い学生さん達はご存じだろうか?「十二人の怒れる男」は父親殺しの犯人の少年の裁判の陪審員を描いた作品で、証拠や証言から圧倒的に不利な少年に最初は12人中11人が有罪としたが、ただ一人無罪を主張した男が熱意と理論で他の11人を説得して行く話だ。もともとはテレビドラマだったそうだが、一般に(特に日本では)知られるようになったのは1957年の映画版からである。モノクロで密室劇、登場人物はみんな男性という非常に硬派な映画だが、実にうまくできたエンターテインメントだ。監督はこれが監督第一作の名匠シドニー・ルメット。彼の生涯の作品の中では、これと「オリエント急行殺人事件」「評決」が私のお薦めだが、考えてみればどれも密室ものだ。ちなみに、テレビ版の演出は後の映画監督フランクリン・J・シャフナー(「猿の惑星」「パットン大戦車軍団」「パピヨン」)とこれもすごい。ちなみに、自治医科大学演劇部の記念すべき1974年の第1回公演はこの「十二人の怒れる男」舞台版である。 
 三谷幸喜はこの「十二人の怒れる男」を小学校の時に見たそうだ。ただし、この映画には今となってはいくつかの欠点もある。まず陪審員全員が男性である。現在では到底考えられない。また、ただ一人無罪を主張した陪審員8だけが突出して格好いいのだ(もっとも主役のヘンリー・フォンダ自身が製作者の一人なので仕方ない)。三谷もその点が気に入らなかったようで、「12人の優しい日本人」では登場人物に女性を入れて、バリエーションのある職業・年齢・性格にして、それぞれに見せ場を作って、この作品を仕上げたのだ。12人一人一人の個性が際立っている。それがこの作品が多くの人に愛されるゆえんであろう。
 そもそもこの作品が作られた1990年には裁判員制度はまだ無かった。三谷も「十二人の怒れる男」を基に、「日本人が陪審員をやったらどうなるか」という発想でこの作品を作ったと言っている。この時は10年以上たって日本でこんな制度ができるとは、まさか思ってもみなかっただろう。観客にとっても、陪審員制度など絵空事、他人事だった。だから誰もが裁判員になり得る現在では、かえってこの作品は生々しく感じてしまうかもしれない。まあ、芝居がその時代時代で受けとられ方が変わるのはよくあることなので、仕方がないけど。
 ところで「陪審員」と「裁判員」どこが違うでしょう?「陪審員」は犯罪事実の認定(有罪か無罪か)を判断するだけで、「裁判員」は犯罪事実の認定と量刑を判断するそうだ。だからこの芝居はあくまで「陪審員」の話。そう言えば、私もアメリカ留学の時に、陪審員に選ばれるという事があった。残念ながら、日本に帰国後に届いた手紙だったので無視してしまったが、アメリカの懐の深さとともに、テキトーさも感じたエピソードだ。

 さて、今回の卒業公演。どうなることか。この舞台はとてもきつい。何しろ、一度12人が登場したら、2時間ずっと全員が舞台の上にいる芝居である。常に12人が揃わないと練習ができない。実際には、それは無理な話なので、その都度代役を立てながらの練習となると思うが。さしたる照明や音響がなく、役者のセリフと動きだけで勝負する芝居なので、ごまかしがきかない。しかも、今回は斬新な舞台構成で常に360度観客の眼に晒されることになる。ハードルは果てしなく高い。これがクリアできたら、総合判定試験もクリアできるのではないか?(これは冗談、岡崎先生に怒られる。)
 自分たちでやると決めたことなのだ、思いっきり苦しむがよい!
 と思っていたが、練習を見るとなんだかみんな楽しそうにやっている。
 「12人の優しい日本人」をやると聞いて怒りに震えた私も、これは本番が楽しみであると言わざるを得ない。おそらく、本番では12人の役者がそれぞれに輝いた瞬間を見せてくれるはず。

 お見逃しないように!


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